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理解力の不思議

タウルスが小学校に入る前「コトバはしゃべれないけれど、何でもわかっている」と思っていた。 だけど、コトバがしゃべれるようになってくると、「あれれ??そんな風に解釈してたの!?」とか「わかっていないという事実」がわかってきた。

ソロバンやプリントで計算はどんどんできるようになってきたこの頃。でも、日常生活の中でそれが結びついて役に立つ、というのではない。
たとえば、プリントでは36×6=□なんていう問題も解ける。
でも実生活では、一人2個ずつ4人で食べようとする時に全部で何個あればいいのか?というような時にどの計算式を使えば答えが出るのかがわからないのだ。

この間は、テレビを見ていたときに唐突に「汚い!!!」と言うので変だと思ったら、テレビの中で誰かが「うんちく」というコトバを使っていたのだ。こういう勘違いも多々ある。

タウルスが小さい頃に、小学生のママが「計算ができても使えない。漢字を覚えても使えない。」って言っていたのはこのことだったんだね。

そういうことはわかっていたつもりだったし、日常に役立たないような彼にとっては難しいことを勉強するよりも、その子に合った内容の勉強をさせて、毎日を充実して過ごせるほうが重要だと思ったし、区の教育相談の判定結果にも従い心障学級にした。(当時の主治医の先生は普通学級をすすめていたけどね)

結局、(特に耳で聞いた)コトバの解釈の仕方にハンディがあるのかな?
改めて、あまりに簡単なことがわからないので情けなくなってしまった。
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Comment

悩んでます

我が家の息子も今心障に通っています。小学校入学には悩みました。タウルス君のように計算はできないし、ひらがなやっと読めるかなあ?文字も進んで書かないため、小学三年にしていまだに一番下のクラスです。コミニケーションとることが大好きなため、小学校に入ってからのことばの伸びには驚かされますが、この先の不安は限りありません。理解は彼らの世界での理解と思えば気持ちが楽になるのだけど、世間ではそうもいかないし、レベル上げなければと思うことが今悩みとなり,そう思っている自分がいることも障害を理解していないようでいやになります。なんだか支離滅裂ですみません。障害があってもなくても、こどもが少しでも良くなればと思うのが親心かしら?

「服が一人で着られなくても、文字は書けてほしい。」
……ってのが親心らしいですよ。私もです。

前にも言ったけど、お小遣い帳に記入する「使ったお金」と「レジに出したお金(おつりを含んだ)」を混同していたのには驚いた。てっきり出来てると思ってたから。
意外な落とし穴は結構あるもんです。

コメントありがとうございます。

☆マダムひろさん
>なんだか支離滅裂
(PC入力のせいもある?)でも悩んでいる様子がよくわかります。いろいろ心が揺れますよね。
みなさんからのコメントを読んだ後、実際2個ずつ4人が2×4=8だってわからなくても日常生活は大して支障がないかもしれないと思いました。辛いのは何年も同じことをやっていたり、せっかく一生懸命やっても進歩がない、ってことかもしれないです。

☆さちさん
他人のお子さんだったら「そのぐらいできなくったって別にいいじゃない?」って思える。でも自分の子どもだとそうは思えなくなってしまう。やっぱり親心、ですかね。

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